研究課題
これまで、以下に示すような、経済学を中心とした理論的な探究、さらに人文社会科学全般にわたる思想的な考察を行ってきました。
T。第1に、「不均衡動学」理論を構築しました。「見えざる手」を「見える手」にするミクロ経済学的作業を出発点とし、貨幣経済を特徴づける「セー法則破綻」を明示的に導入したマクロ的動学理論です。それは、ヴィクセル的な不均衡累積過程とケインズ的な有効需要原理とを現代的に再定式化し、両者を同じ理論的枠組みのなかで統合する試みです。それによって、市場の「見えざる手」に対して全幅の信頼をおいてきた新古典派経済学とは逆に、価格や賃金が伸縮的になればなるほど貨幣経済は不安定化する傾向をもつことが明らかになり、ミクロ的効率性とマクロ的安定性の「二律背反」という資本主義に関する本質的な洞察を導きだすことができました。
U。次に、経済の長期均衡状態を、すべての利潤機会が消えた静態的な均衡として捉えるのではなく、多数の企業間のミクロ的な不均衡がマクロ的にバランスする統計的な均衡として捉える、「進化論的」な「シュムペーター動学」モデルの開発も行いました。それによって、長期においても資本主義経済には超過利潤が残り続けるというシュムペーター的な命題を提示することができました。
V。貨幣の基礎理論についても、サーチ理論的な枠組みを用いて、物々交換、商品貨幣交換、トークン貨幣交換、さらには互酬的贈与交換をそれぞれ異なった均衡の形態として定式化できる、分権的交換経済のモデルを構築しました。その結果、貨幣とは、すべての人が貨幣として使うから貨幣として使われるという「自己循環論法」の産物であり、技術や選好という経済の実体構造には本質的な意味では依存しない存立構造をもっていることが示され、それが物理的実体とも生物的実体とも異なる第三の実体――「社会的な実体」―であることを明らかにしました。
W。さらに、企業や会社を単なる契約の束とみなす主流派企業理論に対して、単なる企業と法人化された企業としての会社を概念的に峻別し、会社がヒトとモノの両義性を持つ「法人」を連結点にした二階建ての所有構造をしていることを示す、新たな株式会社論を展開しました。経済学だけでなく、経営学や法学にもまたがる研究です。それは、一方で、法人論争という法学史上の論争に決着をつけるとともに、他方で、経営者を株主の代理人とみなす既存の会社統治(コーポレート・ガバナンス)論に代わって、経営者は会社に対して忠実義務を負う信任受託者であることを強調する新たな理論的枠組みを提唱することができました。
X。近年では、会社統治論の中核に見いだした「信任関係」に関する基礎理論を開発しています。自己契約は契約ではないという契約法の大原則から出発し、契約によって維持しようとすれば必然的に一方の自己契約となってしまう二者間の関係を信任関係と規定し、その維持のためには他者への倫理性の要求である忠実義務を法的に課す必然があることを示しました。しかも、倫理義務の法的義務化という一見した矛盾をはらむこの関係が、実践的にも維持可能であることも明らかにしています。
Y。また、大学院時代の仕事としては、静態的序数効用関数という一般的な異時点間効用関数に基づく最適成長モデルの構築があります。それは、経済学における複雑系(カオス)動学の先駆的研究ともなっています。
以上のような学問的な仕事と平行して、資本主義の過去と未来、グローバル化、ポスト近代、市民社会、贈与交換社会、貨幣・法・言語と人間社会、シェークスピア、アリストテレス、ギリシャ神話、カール・マルクス、J.
S. G.ボッグス、井原西鶴などを題材としたエッセイや本を多数出版してきました。